競馬サブカルチャー論・第19回:馬と『ひぐらしのなく頃にMilkyHorse.comの馬法学研究会)
わーい,MilkyHorse.comの人が「ひぐらしのなく頃に」をやってくれましたよ.そーか,そう来ましたか.重要な指摘であり,手放しで賞賛したいところではありますが,第7話「皆殺し編」に来て見て取れる関連性というのが惜しい.

私が「ひぐらし」と馬と結び付けるんだったら……「ひぐらし」においての舞台設定が同じで登場人物の配置で結果が様々に変化する物語構成が,競馬場の似たようなレース条件で同じような出走馬を集めたとしても同じ結果にならないことの相似である,とするかなあ.ま,この私の視点だと,「馬」ではなくて「競馬」というイベントとの関連になってしまって,リンク先の主題とはずれてしまっておりますけどね.それに,控え目さのない指摘で,面白みに欠けますしねえ.

兎に角,リンク先ほぼ最後の文章の「圭一とその仲間たちが馬を象徴する役割(中略)まさに馬そのもの」という指摘には,私は大きく首を縦に振らなければなりません.

ついでに以下,続きを読むにて祭囃し編の感想.
鷹野は物語の黒幕的にいる「野村」って人のような立場じゃなかったんだ.この「野村」って人の立場にいる人かと思ってたのになあ.皆殺し編で「ひっとらえてヨーロッパ旅行」「神に至ってご満悦」って感じで,作戦後も楽しそうな描写がありましたしね.ま,予想が外れたということで.

本編,赤坂登場が音楽と合わせて凄くいいですねえ.そこまで皆殺し編で皆殺された際の音楽が流れて,かなり突き落とされた気分のところで「間に合った」,ですから.で,色々あって結局(本編中では)誰も死んでいない.そういう辺りが,後日談で「上の中」という位置づけだったのかもしれませんねえ.誰も死んでないのに,責任とって死ぬよう言われる辺りはどうかと思うけど.それとも過去数年の所業を含めての自殺勧告だったのかな.

兎に角,大変楽しく読めました.この誰も死ななかった物語の後日談も読んでみたいものです.

(雑談)

滑稽な部分を強調して描いてはいるのでしょうが,このお話の発端,アマチュア研究者の思い込みによる悲劇という感じなのかなあ.そもそも高野一二三という人は,一体何故学会に報告するという手を取らず,訳の分からない政治家のお膳立てした「重鎮」のみに報告しようという手に出るのか.あるいは,まとめた文章を何故ジャーナルに投稿しなかったのか.発表の手法を間違っているんですよねえ.こうした誤った手法に至る経緯が,ちょっと読み取れない.

最後のほう,後日談で入江が論文を発表し,評価を得たとありましたが,こちらが真っ当ですし.研究はちゃんと手順を踏みましょう,というお話とも読めますね.